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 2013年9月26日(木)

南相馬市の原町地区に車で入った時の印象は
「思ってたよりも普通」
というのも
途中経由してきた「飯舘村」がほぼ
ゴーストタウンと化していた為でした。

放射能汚染のニュースで取り上げられ
悲しいかたちで有名になってしまった飯舘村です。
選挙のときは
各党が選挙活動の出発点として
飯舘村から始めたものの
なんだかそれもただの踏み台にされてしまったかのように
静まりかえってた。

そこを観たあとだったので
南相馬の原町は生きてると感じました。

実は今回の出演の話を頂くまで
いろいろ誤解があり
「あれ、南相馬って入れるんだっけ・・・」という誤解。
ほんとにスイマセン。
原発により近い南相馬市の南に位置する小高地区では
警戒区域・避難区域になっていたり
距離や線量での区分けになってましたが
自分達が行った所はその線引きにはかかってませんでした。

そんなことを調べてたら
東京から来た方々より
自分の方が
福島県内で変な線引きができてしまってることに気がついた。
白河は、郡山は、福島は、会津は、、、と
地域地域で高い低いという
どんぐりの背比べをして区分けしてたけど
そんな線引きなど実際は無くって
空気はお構いなしに流れめぐっている。

もっと広い目で世界を見なければいけない。

最後に
南相馬には沢山の人や子供が住んでました。
大変な状況の中で
笑顔でいる街の人たちがいることで
自分の方が頑張んなきゃ勇気づけられました

完全に本末転倒ですが。

ニューヨークに行ったとき9・11の8年後は
街も生きいきとしてました。
これから復興していくのに難題山積みだけど
時間かかっても
なんとか希望がもてるようになってほしいです。

南相馬の皆様
そして
東京からのバンド・パフォーマーの皆様
ありがとうございました。

 2013年9月19日(木)

行ったのは
南相馬市 原町地区。
事務的に書いてしまうのも嫌だが
原発からは20~30キロ圏内。
白河から向かう行程としては
東北道で北へ向かい
二本松インターから進むのだが
途中、飯舘村を通りぬけ向かいます。

もとまつりは
野馬追通りの商店街近辺な方々と
東京のスウィングジャズバンド「ベティ・アンジェリカ」の
ボーカル”ハニィ・ダイヤモンド”さん企画で
{たのしいをたくさん!}というコンセプトのもと
開催されました。

地元の方々の美味しい手作り屋台や
ミニカルチャースクール
モンマ時計店の主人が私物の超精密Nゲージ作品を展示してくれたり
大事に飼育されてる
ヘラクレスオオカブトを子供たちに見せに持ってきてくださったり
ミニSLの運行があったり
子供たちがウェイターとなって働いてくれるキッズカフェで癒されたり
懐かしの射的・輪投げ・スーパーボールすくい・型ヌキなどの
縁日ならではの屋台で子供たちが盛り上がったり
ベティ・アンジェリカの陽気なライヴ
素敵なダンスに
おもしろダンス
どこかヘンテコな運動会があったり
大きくはない会場にもかかわらず
一日じゃ遊びきれないほどの たのしいがたくさん集まってました!

この祭には沢山の明るい楽しい方々が集まってくださったし
祭に関わってくださった方々もみんな元気でした。
しかし
自分はいつもの南相馬 原町を知りません。
たぶん
街は県内の市町村同様
トーンをおとしていると思います。

震災もさることながら
福島県および広範囲に及ぶ原発事故は
本当に根深い。

つづく

 2013年9月12日(木)

2013年の9.11を迎え
同時多発テロが2001年だったので12年が経ちました。

近代的な街並みに
飛行機が突っ込み爆発する様に戦慄。
過去のものとしか思えず
実感できてなかった戦争が
リアルに感じたのも
この時が初めてでした。

多くの犠牲になった方々に
あらためまして
ご冥福をお祈り申し上げます。

その後、イラク戦争に突入。
過去の湾岸戦争とかもそうですが
戦地が中東へ行ってしまうと
映像の絵になじみが無くなって実感も無くなる。
そんな
自分の想像力の脆弱さに愕然としてしまうが
飛行機が貿易センタービルの映像は
戦争の実感させるには十分すぎた。

その8年後
2009年にニューヨークへ行く機会があり
グランドゼロにも足を運びました。

すでに
ビルのあった場所は更地になり
街にも人が溢れてました。
グランドゼロの前に立つとき
皆、神妙な面持ちで
謹んだ雰囲気ながらも
街は生きていました。

東日本大震災からは二年半。
こちらも
11日というゾロ目なので合わせて思いだします。

先日9月7日・8日と
南相馬で行われた「もとまつり」という催しに参加してきました。

つづく

 2013年9月5日(木)

近所に新しくコンビニができたので
買い物に行ったところ
週刊プロレスが置いてありました。

日常の行動範囲に
書店が2つ
コンビニが7つなのですが
「週刊プロレス」があるのは
この
新規オープンを含めて
僅か2店舗。

以前は両方の書店にもあり
コンビニもいくつか見かけたのですが
いつの間にか
取扱いが無くなりました。
スポーツコーナーも
野球・サッカーなどメジャーなものや
マラソンや、ベリーダンスなど
マイナーな専門誌が出てるなか
悲しいかな失墜。

スポーツとはいえ
プロレスは特殊。
健康や趣味でプロレスをたしなもう
という類いではないから
スポーツコーナーでは仕方ないのかも。

しかし
鑑賞・娯楽として特化してる
プロレス。
今週の週刊プロレスの表紙は
KENTA選手と野田元首相という
インパクトの大きいものだ。
大衆娯楽的には
コンビニにピッタリ。
野田さんも“元”首相というのが
なんともいえず
プロレスクオリティというか。
内容も
野田さんの芯を垣間見るような
興味深い対談で面白かったです。

引き続き置いてもらえるよう
今週は
新規コンビニで購入しました。

 2013年8月29日(木)

とりあえず
タイ日記はここまでに。

えらい引っ張りました(笑)
気がつけば
半年前ですもんね、すいません。

 

海外に行くと
食事・建物・交通・植物・気候 etc...が
違うことに感動するのだけど
大きく違い部分もあれば
僅かな違いもある。

元来自分は、ものすごく大雑把で
さっき会った人の
着てた服や名前とか
全然覚えられないんです。
眼鏡かけてたか どうかすら危うい。

なのに
海外に行ったときは
些細なことにも
敏感に気付く自分がいて
その事に驚いた。

なんなんでしょうね

日々の生活に
緊張感がまるで欠落してるからかなぁ。

福島は
原発の汚染水が
海に流出したり
とんでもない事態にも関わらず
震災後
天気予報と共に
各地の放射線量も流してたのが
いつの間にか
放送してない気がする。
いや
緊張感のなさで
見落としてるのかもしれない。

海外にいるときよりも
福島に住む方が
緊張感必要なんだけど
もう
疲れちゃった。
何百年かけても
どうにもならない問題が
降りかかってきたら
思考停止しちゃう。

でも、死ぬまで生きなきゃならないので
出来るだけ
楽しんで笑って
過ごさなきゃと
そして
自分のパフォーマンスを観た人が
世の憂さが
瞬間 消えたら良いな。

タイ日記

おわり

 2013年8月22日(木)

異国の地に来ただけで
ドラマチックなのに
しょうもないアクシデントで
無駄に
ドラマチックな日々。

自分も心やら喉やらを
痛め
さらには
小道具というか
大道具の人形までも傷み
満身創痍の
我々。

三回目は
なんというか
お客さんも少なくなり
パフォーマンスも
可もなく不可もなく終了。

ただ、楽屋にいる
タイ人のパフォーマーや
韓国人のパフォーマーに
やたら
受けていて
楽屋を出るときと
帰って来たときに
なかなかの歓迎ムード。

フェスティバルも終わりが迫り
出演者やスタッフさんの
全体写真を撮ることになり
これで
祭りも
フィナーレ。
ぞくぞくと人が段々に並び
カメラマンが
構えたその時
タイ人のパフォーマーが
「タイループっ!!」と叫ぶとともに
爆笑が起きた。
そうしたら
タイ人の人々が
口々に「タイループ!!」と
ご機嫌に言うではないか、、、

パフォーマンスが全て終わった気になり
放心状態の
マスクマスク・マンマン。
どう考えても
ここで
本家本元!?の自分が
「タイループ!!」を叫ばなければならないお膳立ては揃ってるのに
気持ちがダウンしてしまい
その一言が出ない。
笑顔を作るので精一杯。

遂に
何も言えずに撮影終了。

終わってから
空気が読めないって
こういうことかと
反省を通り越して幻滅。

今回のフェスで
流行語大賞があらば
満場一致で「タイループ」なはず。
なのに
授賞式での挨拶で
一発ギャグ「タイループ」を
言わないという暴挙。

なんという
失態。

いつか必ず
この忘れ物を
取り返しに
タイに行かねばならないと誓う
マスクマスク・マンマンであった。

 2013年8月8日(木)

予想通り人形(ビニールの空気人形)に
穴が開いてしまった。

大きな穴ではないらしく
何処を探しても
穴らしい穴が見つからず
ガムテープとかでの補強も
出来ない。

なので
人形を真っ直ぐにするため
背骨を入れるという作業を
することに。

というわけなので
短い休憩時間の間に
背骨になるものを探さねばならない。
ショッピングモールだから
なんかありそうだが
ホームセンター的なのはないし
木の枝を切る訳にもいかない。

右往左往してたら
変な雑貨屋に
意味がわからんくらい
長い靴べらが売っていた!
約1メートルの長さ!

確かにこれだと
かがまずに靴は履けるが…
うーん。
要るのかこんなに。。。

でもそんな
横着者の発想のお陰で
ぴったりな背骨を
入れることが出来た!
空気は抜けてるが、しゃんとしている。

背骨といいつつ
腰から後頭部までを
しゃんとさせている。
これで
見た目は何とか持ち直し
二回目も無事に終了。

いよいよ
パフォーマンスもあと
一回を残すのみとなりました。

 2013年8月1日(木)

残りは三回。
やっと出来た必殺技
「タイループ」も力が半減するかもしれない。
大声を
楽屋で練習するわけにもいかないし
現場に出ての
一発目が勝負。

楽屋では
元気をアピールするべく
ストレッチを
大きくやる。

お茶で入念にウガイをして
それ以外のときは
飴を舐めて
のどを潤す。

最終日
一回目のショー。
出発して
一発目のアピールタイム

出来るだけ
喉を使わないように
腹から声をだす!
「タイループ!」
すげぇ、ダミ声ながら出た。
しかも
なんか凄みがあってプロレスラーっぽい。
幸い
通じてるようで
うけてもいる。

さすがに
出しすぎると
最終回には
ほんとに声が出なくなるかもなので
気を付けながら一回目が終了。

楽屋に帰ってきて
肩から人形をおろし
ホッとしたのもつかのま
なんと
人形がグッタリしている!?

空気が抜けたにしては
グッタリしすぎている。

どうやら穴が開いてしまったようだ!

更なるピンチである!

 2013年7月25日(木)

酒のせいじゃない!!
喉が枯れてしまうほど
呑んでない、、、はず。。。

とはいえ
現に声がおかしくなっている。
わざわざ
タイに呼んでいただいている身なのに
不調とかありえない。
がんばって声が枯れて良いだなんて
高校野球くらいまで。

酒のせいではないと思うが
そのせいも多少なりある。
本気で管理しなければならない身としては
呑むべきではなかった。。。

できうるかぎり
悟られてはならないと
朝、みんなと朝食で顔を合わせるときも
ものすごく寝ぼけてる感じで
喋りをごまかし
早めに切り上げ
部屋でお茶うがいしたり
濡れタオルを口元にあてたりして
即席でできることを思いつきでやり
極力、口も開かなかった。

楽屋でも
あまり喋らないようにおとなしく過ごし
喉を使わないように
鼻声を駆使して
ちょっと高めのトーンで
会話をしていたら
「大丈夫ですか?あんまり元気ないようですが。
もしかして、風邪をひかれましたか!?」

いかーーん!!
おとなしくしてたのが
逆効果で
あらぬ疑いをかけられてしまった!
風邪のほうが
タチが悪い!!
自ら
さらなるピンチを招いてしまった。。。

 2013年7月18日(木)

一日目のパフォーマンスは
とりあえず終了。
残すのは明日の3回のみ。

紆余曲折を隔て
気持ちが不安定のなか
一日目の打ち上げへ。

ショッピングモールの中にある
フードコートの
ビアガーデン。
もちろん飲むのは
スポンサーになってくださってる
BEER CHANG(チャンビール)
あの
象が二頭向かい合っている
お馴染みのブランド。

乾杯を済ませて
一杯目を空けても
気分は弱気のまま。
日本人のプロデューサーさんに
それが伝わってしまったのか
すこし
呆れていた。

そりゃそうだ
盛り上がる仕事をして
当たり前。

良い回と
悪い回と
むらが大きくては
困るってもの。
いつ
タイのプロデューサーが
見ているかわからない。

弱気なんて
あっても見せるもんじゃない。

そんなモヤモヤを
はぐらかすようにビールを飲み
床につく。

そして
次の日の朝。
体調は良い
筋肉痛や身体の不調もない。
万全かと思いきや
酒と
「タイループ」の叫びすぎで
声が枯れてしまっていた…

 2013年7月11日(木)

ジャーナルお休み頂き
スイマセンでした。

モスクワ遠征と書いていただきましたが
正確に行程をもうしますと
今回
パフォーマンスの仕事で
ドイツのラーツという場所で行われた
「フュージョン」という
音楽フェスティバルに
4日間 出演してきました。

パントマイムプロレスリングではなく
パントマイムの先輩がおこなってるグループで
「遊侠サーカス」というチームに
参加しておりました。

ドイツに向かうのに
今回アエロフロートを利用したため
モスクワ経由となり
その時に
メールなどしたので
モスクワ遠征となりました(笑)
トランジットとはいえ
行きと帰りで
かなりの時間をモスクワで過ごしましたが。
今回
プロレスに関することには
全く出会わなかったのですが
プロレスに関して言えば
ドイツより
ロシアのほうがプロレスラーの
イメージがある。
イワン・コロフ&ニキタ・コロフの
「ザ・ラシアンズ」はすごく印象にある。

調べてみたら
ザ・ラシアンズの二人共にロシアじゃない!イワンがカナダ
ニキタがミネソタではないか!
しっ 知らなかった。

ドイツで調べたら
なんと カール・ゴッチの名前が!
しかし、よく読むと
本当はベルギー出身らしい。
ギミック…

ちゃんと出身な
主な選手は
サルマン・ハシミコフがソビエト連邦
チェチェン共和国グロズヌイ
ローラン・ボックがドイツ
バーデン=ヴュルテンベルク州
でした。

とはいえ
真っ先に頭に思い浮かんだのは
「ブロッケン Jr.」
西ドイツ・ベルリン出身。
まさに
ベルリンに宿泊していたので
なんか
雨とか降ると
「ベルリンの赤い雨か…」と
勝手に思い
軍服や帽子が観光土産にあると
「ブロッケンJr.」のコスプレか…と
思いを馳せてました。

ようやく
帰国いたしました。
また
来週から
続きを宜しくお願いいたします!!

 

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