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 2010年3月30日(火)

  ムーン・シェーカー<54>

ユーチューブで世界最凶選手権?
ザ・シークvsタイガージェットシン…で、割れたビール瓶対フォークを見ました。
二人の名優が織り成すステージ(主にリングサイド)はブラッドandチョコレート!
血煙ヘモグロビン臭が熱風よろしく押し寄せてくる迫力がありました。
志賀直哉の短編「剃刀」で床屋が剃刀で客の喉を掻っきる下り、「彼は剃刀を逆手に持ちかへるといきなりぐいと咽(ノド)をやった。
刃がすっかり隠れるほどに」…そんなフォークや凶器の切っ先が、額に隠れるほど突く突くえげつなさ!
まさにプロレス。
いい年したオヤジが凶器でお互いを突っつきあう、それだけでプロレスに成っている世界、それにひきかえ近頃のレスラーのナックルパート?
押し付けグーパンチの説得力のなさは何なのでしょう、突き抜けずとも突き抜ける大切さ…つまり無心に戦いに向かい合う大切さに欠けているような気がしました。
またまた無心と言うなかれ、今場所全勝優勝した白鵬をして無心を標榜に相撲を取り続けた事実。
勝負にして勝負ではない勝負の世界。
自我欲の残滓もなき一元的世界、美醜を超越する芸術とも言えましょう…美は醜と紙一重・醜もまた美と紙一重、美醜に命懸けになれない時、僕も生きながら死んでいるのでしょう。
美醜生死愛憎白黒一如、南無南無~。

 2010年3月23日(火)

  ムーン・シェーカー<53>

近頃、みの仙人について何もかきませんねぇ。
と言うごく少数の声にお答えして今回は仙人の近況について少々…、昨年暮れから年明けまで銀玉遊戯にバカヅキした・みの仙人は、春3月バイオリズムが下降線を描いたのか、仕事で締め切り地獄に追い込まれ、気晴らしにひと弾きと銀玉遊戯をするも、ことごとくリーチを逃す。
…そして壮絶なるバイク事故!!
周りでこの事故を目撃した人々はみな…死!揺るぎなき死!!を確信したと言う大事故!
…しかし、みの仙人「んんん…大丈夫大丈夫」と 惨状から這い出して来たとか…しかし左鎖骨はポッキリ折れていたのでありました。
矯正ベルトで鎖骨を補強して「くわ~兎に角、脇~痒い~!ちょっとオチ君、見て見て赤くなってるでしょ!」
…みの仙人の知的理解者オチ導師は「ああぁ~赤くなってますねェ」と言うと「ねー赤くなってるでしょ痛くってさあ~」と、ほっとしたように呟かれ、赤い脇の下をちゃんと見ようとしない僕を人間的にまだまだ未熟!と厳粛な眼差しを投げかけるのでありました。
そして不幸中の幸いを嘆きつつ過酷な仕事の日々を送っているのであります。

 2010年3月16日(火)

  ムーン・シェーカー<52>

哲学とはなんぞや?
文章や言語で言い表す事のできないことを現そうとする学問。
さて、僕の大好きな詩がありまして、作者は・山村暮鳥(ぼちょう)明治17年1月10日(火)生まれ大正13年12月8日(火)40歳結核で没した人……その詩は… 「だあれもいない、馬が、 水の匂いを、 かいでいる。」…なのでありますが、この詩こそ、まさに哲学。
人間に生まれてしまった孤独、寂しさとそれにも増して、死んだら死んだで生きて行けばいいのだ!と、自分の中にある魂の意味を強く教え励ましてくれている・哲学・なのであります。
無骨な表現の中に、この詩の発する一行は一大宗教に匹敵するファンタジックな事柄を美的情感たっぷりに振りまいくれている気が感じられます。
スタイリッシュ山村暮鳥・モォ最高!音楽で言うならば僕のジョン・レノン!知識や意味や理屈ではない、魂のグルーヴ(コアな共鳴)であります。

 2010年3月9日(火)

  ムーン・シェーカー<51>

袖ふれ合うも多少の縁…と申しますが、人間が生きると言う事は他者と関わって居るからこそ生きている訳で、死者の弧絶はまさに個にほかならずその人その物で、そんな死生一如を考える毎日、ひょっと無限へのあこがれが「死」自死自殺につながらないように注意深く自分の仕事に向かっている日々であります。
しかし、いざ唄を忘れたカナリアが歌い始めてみると(漫画の下書きの下書きラフネームです)理屈が自分の言いたい事を邪魔してなかなか前進せぬ焦燥感は、まさに志賀直哉が表現した「カタクリがかえらない」状態でその意味は、白くよどんだ水とき片栗粉にしっかり熱が通るとスキっと透明にまとまる…と、ぼく頭の中も熱がまだまだモヤっとしていてカタクリがかえらない感じなのであります。
しかしながらラストの構想は固まったので羽目を外して外し過ぎないように、何とか完成に近ずけるようにしなければなりません。
メジャーの岩本ではありませんがナニクソナニクソ…の一歩進んで二歩さがるの毎日…とにかく!

 2010年3月2日(火)

  ムーン・シェーカー<50>

インドの賢人クリシュナムルティの言った「物事は努力によって解決はしない」クリシュナムルティ・ファンの佐藤はその言葉を真に受けて、ずーっと努力を拒否して生きている、中学生の頃からこの撲が呆れるほどの面倒くさがりで怠け者だった。
鬼先生の技術の時間に実技(例えばラジオを組み立てるとか製図をかくトカ)殆ど提出せずに済ませたり、野球部なのに三年間ランニングをしてる所を見たことが無かったり、恐ろしいくらい努力をみせずに生きてきた男、佐藤貞二。
努力は他人にアピールする力を持っていると思い撲もついつい要らない努力してしまったりするのでありますが、今更ながら撲もあまり努力をするタイプではないような気が…最近して来ました。
小さい頃からハシゴをかけずに屋根の上に登ろうとするタイプだ、と母親が撲をこう評しましたが馬耳東風。
呑気に何にも気にしていなかった撲は今もその帰来は充分にあり、佐藤と撲が中学の頃からずーっと友達なのも、物事が努力によって解決しない大人を沢山見てきてしまったからかも知れません。
只言えるのは夢中・集中状態になれば大概の事は大してつらくないので、なるべく夢中になれる事を見つけてみようと奮闘努力する所存であります。
…人は奮闘するものを愛す。

 2010年2月23日(火)

  ムーン・シェーカー<49>

森の隠遁生活以来NHKfmを愛好していまして、火曜日の夜11:00~は佐野元春の元春レディオショーを楽しみにしています。
2/9の放送でマーク・ノップラーの新作ゲット・ラッキー(タイトルはコステロのゲット・ハッピーを思い出してしまいました…)からボーダーリバーがかかったのには感動してしてひっくり返ってしまいました!
この調子でいくとエルビス・コステロの百福からアメリカン・ギャングスター・タイムもかかる日が来るかも(自分がリクエストして曲が掛かっても味気ないんで…)その世界のはじっこに追いやられても、しぶとくしぶとく自己主張する。
かっての燻し銀なミュージシャンと、今の自分の生き方の立ち位置みたいな物が重なるような、元気のでる思いがヒシヒシとしたものであります。
好きな事を全うするパワーは、やはり魅力的であり輝いていて、何より銭カネのかかるものであります。
汚く稼いで綺麗に使え…母方のお爺ちゃんが、そう撲に教えてくれました。
みんなどっこい生きているんだよなあ、撲2000年あたりから寝っぱなし…死んでたのかな?
生きながら死んでた…漫画も描いて生活もしていたはずなのに…そんな気がラジオからのたった一曲で目覚めた思いでした!
どうか、このもどかしい高揚感がそのまま続きますように…!

 2010年2月16日(火)

  ムーン・シェーカー<48>

オリックスの小瀬外野手が自殺シタラシイ…撲は風邪で高熱を発し倒れ、後で知ってグワン!と来た。
昨年群馬の有名競輪選手だった手嶋慶介が自殺した時もグワン!と来たが、ソレニモマシテ昨年は新所沢で幾度も一緒に仕事をしたT君が練炭で自殺をシテシマッタ。
学習院卒の秀才で硬派な奴だった。
言い知れない寂しさ、死んじまったかぁ…のリフレインがなりやまずコタエました。
生死に関して生の側から[死]を受け入れる事は臨死を経験したとしても[死]とはほど遠く、自分以外の人間の[死]は実際の現実の確実な事なのに、自分の[死]は全く持って揺るぎない[概念]見聞きした死と言う事柄、未知の世界。
その時「あ、コレが死ぬかあ!」にほかならずビクビクしようが焦ろうが笑おうが驚こうが無念がろうが「死」は確実に訪れる普通の事柄なのに、人間に通う情と言う物はそう簡単に割り切れないから人間は明日も笑って生きて行け、魔が差すとは良く言った物で邪念悪念は知らぬ間に人間に差しこんで来る、ハッと思った時には肉体は終っているのでしょう。
ハッと思ったら風邪を引いていた自分は魔が差し易い肉体なのかも知れないからこそ、死の哲学的[禅]に惹かれ影響され厭世的と、とられかねない事をかくのです。
ドーカひとつヒロ~い心でオ許シ下サイ。

 2010年2月9日(火)

  ムーン・シェーカー<47>

ストレスは心のスパイス…とテレビで言っていた。
スパイスを効かせすぎるとその刺激で肉体に支障をきたしてしまうのでしょう、かくもハカナい肉体をぶらさげた人間の心や魂は、その肉体に反して、いつまでもみずみずしいラバーゴムのようにタフで強靭な精度を保っている…にも関わらず、知的願望強キ人間は肉体の相対的な関係性が心や魂に作用してしまう脆弱さを見せてしまいます。
それは逃げや弱さの悪魔的自己、ナルシシズム(自己愛)とソーシャリティ(社会性)のバランスが狂ってしまった結果ではないかと思われます。
つまり紙一重の差で肉体と心や魂のバランスを失いグラグラ揺れて不安にサイナまれ持ち応えられなくなる…それがストレスであるため適度に肉体を使うスポーツや心・魂を使う宗教に人間は惹かれしまうのでありましょう。
結局、心と体のバランスを保つ為には瞑想や座禅を通し、イメージとして乱れた心のチリやゴミをゆっくり沈澱させる事ではないのか…借金に追いかけられ心乱される今日この頃、僕は瞑想に耽り取り立ての電話を無視して暮らしているので有ります。
ツマリ四の五の屁理屈を並べていないで、如何ナル手段ヲ用イテモ合法に金を稼いで来なさい!と言う天の声でアリマス。
地獄の沙汰も…かぁ。
金金金…金!

 2010年2月2日(火)

  ムーン・シェーカー<46>

メガネが見つからず1日棒にふる、風呂上がりまではあったのに…ないないない!
…寝て起きてメガネはまだ見つからず…メガネはココだよーって呼んでるはずなのに、ない!
ICチップを埋めこんだメガネがあってチャイムを押すとすとキンコーンとか鳴るメガネってもう売ってるのかな?
しかし、…ない!ない…と言うことは、見えないモノは見るなと言う神の思し召しなのだろうか?
ルノアールのようにボンヤリ見えたママに描いた画家の絵のように、このボンヤリした景色に慣れよと言うことなのか?
不条理を逆手にとる→それはやがてコンプレックスを逆手にとる力となりえるか?
いやはや途方に暮れつつ、どうせぼんやりしか見えないなら…と昔の画像がぼんやりした映画をみる。
今井正監督エノケン主演の「人生とんぼ返り」1946、泣くほどでは無いにしても、エノケンの明るさが哀れさや悲しみ意地をぐっと引き立てる佳作、今時の監督には絶対撮れない心に染みる映画。
もうメガネは見つからなくてもいいや!

 2010年1月26日(火)

  ムーン・シェーカー<45>

本来の自分とは何か?
子供の頃から意識・無意識的に詰めこんできた「知識」。
その知識を全部引いてすべてを体験をモトに生活せよ!
近頃自分の体験不足を痛感させられる場面にたびたび遭遇します。
分からない事や知りたい事があるとケータイでポチポチ調べて知ったようなクソ知識にまで頼ろうとする自分、便利に流され頼りきるユビキタス生活…真正面から己の人生を見つめる生き方。
閑話休題、真壁は何で無理にベロを出すのか?
無理してるなあとツクヅク感じるのは自分が真壁のファンではないからでしょう、しかし無理してベロ出しているなあ…やはり真壁も真面目な論理的な人で努力と苦労からスタイルをキャラを確立して行った結果なのでしょう。
<論理の人は善い人で世の中は悪役を買って出る実はいい人>
そんな不純に[みの仙人]は黙っていない、「人生は芸術でしょ?自分を忘れて努力の報いを欲しがってイイの?真壁は自分で自分の首をチェーンで締めてるよ。おかしいでしょ?おかしいと思わない?」
魂の自由に憧れる自分はみの仙人の非論理性に常々敬意を持って接しているにもかかわらず、ヘマをして油断をしては仙人の怒りにチヂカンデしまうので有ります。
ホットウイスキイを一杯下さい。

 2010年1月19日(火)

  ムーン・シェーカー<44>

人恋しいのに、わずらわしい。
人間の人の距離感は親子であっても夫婦であっても友人であってもその距離感ディスタンスほど難しいものはないのではないだろうか。
僕の小学校からの友人で今は小さな会社の社長をしている男がいる。
小学校の頃から貧しい母子家庭で毎月給食費を集める日にどれだけ苦しいやるせなさを子供の頃から体験し、小学校五年生から新聞配達のアルバイトをして家計を助け、高校も夜学にかよい働きに働き、ようやく家庭を築き可愛い女の子も授り順風満帆、会社を興し一国一城の主となった。
しかし仕事に打ち込めばうちこむ程家庭の溝は深まりやがて離婚、会社も不渡りをくい暗転。
そこで彼は心を静め一計を案じる、10年前に亡くなった母の墓を作ったのだ。
果たせるかな会社は回復し軌道にのりつつあった、しかし今度は肉体が悲鳴を上げた糖尿病からくる心筋梗塞緑内障腎不全…今は週三回の人工透析、不況の煽りの経営不振に喘ぐ日々…金額規模の大小はあれど彼も僕も人生は「巡礼」であるとつくづく思う2010の年明け…ストリンドベリイが青巻にかいた「苦しみつつ、なおはたらけ、安住を求めるな、この世は巡礼である。」そう巡礼をどう受けとめるかが人間がこの世に生を受けた使命なんだ

 2010年1月12日(火)

  ムーン・シェーカー<43>

1・4中邑×高山に夜中一人で興奮!
腕ひしごうとする中邑の顔面を容赦なく踏みつけて引き抜く様は、さすが高山。
僕も斯くありたいと思った次第であります。
新年初読は山本周五郎の「青べか物語」やはり上手い!
さすがに山周、生死貧富に力まない人間の在り方魂の在り方に力点をおいて小説を紡いでいました。
山本周五郎さんもワインにウイスキーがお好きであったとか…いい仕事しているなあ高山も山本周五郎も…おっと一人忘れちゃあいませんか!
…ってンだあ。(石松調)
我らが、みの大仙人で有ります、感動センサーが年を重ねるごとに敏感になり(例えばディアハンターのテーマ曲がかかった瞬間ウワワ~ン)、食べ物の塩分ナトリウム量に敏感になり、運否天賦に敏感に成られる…仙人だけじゃあない…そう皆・頑張っている、頑張って踏ん張って生きているのです。
竹の子の運否天賦の出所かな(七番日記)的な僕の適当スーダラ人生からは考えられない緻密な生き様…ビートたけしではありませんが冗談じゃナイヨ!
ヨークシャー?バークシャー?便所でシャーだよ、はみ出すな一歩前になんだから!
人間一生勉強だもの。

 2010年1月5日(火)

  ムーン・シェーカー<42>

明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
さて新年早々来年の話を持ち出すのも鬼に頭をはたかれそうで有りますが、僕の今年の運勢は観察・洞察・研究の一年らしく始動は来春が吉、我が事を他人事の心持ちで客観視せよ…と千葉県市原市「養老の滝」入口、文政四年1822年・徳川家康が開いた事で名高い、高滝神社の今年の運気の巡り合わせででました。
神主の平田さんは母の葬式で10年前からのお付き合いしている神主さんで、これがまた酒が大好きな立派な神主さんでして、昨年・縁結びの神社として何度もテレビで取り上げられたらしく、一杯ひっかけられたニコニコ顔で「いやあ~こんな田舎の神社まで宣伝して貰っちゃってハハハハハ」ほくほくとおっしゃってました。
ともあれ今年一年が皆さんの良き一年で有りますよう、切にお祈りしつつ年始のご挨拶にかえさせて頂きます。

 

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